第15回 文化財保存修復学会 学会賞・業績賞・奨励賞受賞者
第15回文化財保存修復学会 学会表彰が決定
文化財保存修復学会表彰委員会が第15回の学会賞、業績賞および奨励賞について審議した結果、本年度の各賞受賞者が決定いたしましたのでお知らせします。
【学会賞】 2名
神庭信幸(東京国立博物館名誉館員) |
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氏は、国立歴史民俗博物館、東京国立博物館において、キリシタン遺物や油画技法の保存科学的研究を推進するとともに、博物館の資料保存はいかにあるべきか、保存修復者はいかに文化財に向き合うべきかを追求してきた本学会の中心的な保存科学研究者である。予防保存と修理保存、伝統的方法を自然科学的方法で客観的に再評価し、実践的な保存手法を確立した。これらの成果を国内にて数多く発表するとともに、ICOM-CCやIICなどの国際団体においても日本の保存修理に関する研究状況を積極的に公開発信した。特筆すべき氏の功績は、以下に述べるような文化財保存に関する精神的な主柱を据えた点にある。すなわち、文化財をモノとしての側面からとらえて劣化や損傷を修理するだけではなく、その文化財をめぐる数多のステークホルダーの視点に立つとともに、社会教育施設である博物館での文化財の公開展示における社会的な側面や意義をも考慮し保存修理の方針を決める、文化財の包括的保存を目指す「臨床保存学」を提唱した。 氏は、『古文化財の科学』編集委員、古文化財科学研究会運営委員、本学会理事(1991~2009)として学会の発展に寄与してきた。加えてICOM日本委員会委員、IIC大会発表など国際的な場でも日本の文化財保存修復分野の発展と日本の考え方を世界に発信する中心の一人として活躍し、日本の文化財保存修復分野への寄与は著しく大きい。以上の理由で、学会賞に相応しいと判断した。 |
牧野隆夫(吉備文化財修復所 代表、(有)東北古典彫刻修復研究 代表取締役) |
仏像修復家である氏は1990年に当学会に入会して以降、ほとんど毎年の様に大会において発表を行っている。氏の発表は修復の事例報告として貴重であるばかりではなく、そこでは所有・管理者と修理者の様々な思いなどが語られ、文化財の保存とは何かなど、学会の原点を常に思い起こさせてくれる。近年、これまでの仕事ぶりの集大成とも言うべき著書も刊行され、一般の人々へ文化財修復の世界を紹介するのにも適した好著となっている。 わが国に伝わる数多くの仏像、とりわけ地域に伝わる仏像の修復を担う技術者の一人としての氏の寄与は誠に大きい。またこの様な仕事において、氏は大学教員時代も含め、常に後進の育成を考えながら、修復作業を進めている。 このほか氏は当学会において、保存修復専門の会員が安心して集い、成果発表できるような環境を構築するのにも一役買った。以上の氏の活動は学会賞にふさわしい。 |
【業績賞】 2名
君嶋隆幸(株式会社 修護) |
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氏は、1986 年に国宝修理装潢師連盟(以下、連盟)加盟工房に入門以来、長年にわたり「檜図屏風」などの国指定品の絵画・書跡をはじめとし、「彩絵仏像幡」などの正倉院御物を含む数多くの歴史的に重要な文化財の保存修理を手掛けてきた。 2011年には東京において株式会社修護を立ち上げ、東京文化財研究所内の修理室において、国指定品・都道府県指定品などを中心に、絵画・書跡・歴史資料の保存修理に従事している。特に歴史資料分野における近代の文化財の保存修理に対しては、技術の開発と実践に取り組み、その実績を当学会の大会においても発表している(2020年第42回大会ポスター発表「 使用痕(チョーク書き)を維持した洋紙製文化財の保存修理事例 ―重要文化財 近代教科書関係資料に対する保存修理事業から―」等)。 又、国際交流や人材育成においても東京文化財研究所との協力を中心に、在外日本美術の修理や ICCROM を始めとする国際機関でのワークショップ(ポーランド・クラクフにおける文化財保存技術発信・交流事業専門家会議での講演(2019)など)にも積極的に協力し、国内は元より広く海外においても日本の装潢修理技術の広報と後継者の育成にあたっている。 |
中村力也(正倉院事務所) |
氏は、正倉院事務所において、宝物に用いられた有機材料の同定に関して研究を進めてきた。有機材料のうち、染料に関しては可視分光分析法、蛍光分光分析法、高速液体クロマトグラフィーなどを、状況に応じ適宜組み合わせ、これらの手法では検出が困難な一部の染料をのぞいて、ほぼその種類や使われ方についての全貌を明らかにしている。また、法隆寺裂の調査を行い、7世紀の使用染料に関しても、化学的に確かなデータを提供し、我が国の染料史の解明に大きな役割を果たしている。 また、これとは別に、正倉院にあわせて5500点ある染織品の中でも、その大半を占める絹について、走査電子顕微鏡による繊維表面の観察、ポリアクリルアミドゲル電気泳動法による分子量の測定、赤外線分光分析法による分子構造の変化などの測定を行い、現在の劣化状態を化学的に評価している。氏の研究力と現在の立場があってはじめて成り立つ研究であり、文化財の保存・修復に関わるものにとって、有用な基礎的データとなるものと考えられる。以上の研究活動は、業績賞としてふさわしい。 |
【奨励賞】 1名
河村友佳子(国立民族学博物館) |
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氏は、公益財団法人元興寺文化財研究所を経て2018年より国立民族学博物館のプロジェクト研究員として、民族(俗)資料や博物館資料を対象とした研究活動の成果を本学会の大会において積極的に発表してきた。その研究は、国立民族学博物館における資料保存の考え方を応用した被災民俗資料の応急措置や、曳山を収蔵した山倉の環境調査、さらには国立民族学博物館に設置されているX線CTや3Dスキャナーを活用した文化財の調査報告など多岐にわたっている。また執筆についても「紙素材の民族資料の保存、生物被害対策」(『文化財の虫菌害』75号、2018年)、「三次元計測技術を応用した民俗文化財の活用の可能性」(『継承される地域文化―災害復興から社会創発へ』日高真吾編、臨川書店、2021年)を発表するなど、着実に活動を展開している。こうした河村氏の真摯な取り組みは、これからの文化財保存修復の研究を担っていくものであり、奨励賞に相応しいと評価された。 |